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「壬申の乱」以降 大君は天皇 倭は日本となる 明治の王政復古のベースにも

「壬申の乱」以降 大君は天皇 倭は日本となる 明治の王政復古のベースにも
万世一系、太陽神、国家神道、国家仏教など、天武天皇は日本の政治 文化 宗教 外交に影響を与えた

「壬申の乱」大君は天皇 倭は日本となる

前の投稿(NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」 承久の乱と後鳥羽上皇と以降600年の武家政権)で、「承久の乱(1221年)」によって武家政権が確立、以降600年間続くことを書いている

それ以前、「壬申の乱(672年)」によって、天皇や日本の名称や位置づけが確立することになる

ヤマト朝廷では、それまでは「大王(おおきみ)」と呼ばれていた

中国や朝鮮などから呼ばれていた「倭」に替えて、
「日本」と自称するようになる
なお、倭と日本の政権の連続や断絶などは定かではない
(さらに、古事記にも日本書紀にも、邪馬台国や卑弥呼は登場しない)

大化の改新 乙巳の変

その昔は大化の改新と称されていたものが、現代はそのエピソードとして乙巳の変と呼ばれている

ご存じ645年、中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足=不比等の父)らが、蘇我入鹿を暗殺
蘇我氏を滅亡させた事件
この年、初めての元号「大化」が定められる

今では大化の改新は、701年の大宝律令制定されるまでの、豪族専横から天皇中心への政治改革の総称になっている

画期は、大海人皇子(天武天皇)が武装蜂起して勝利した「壬申の乱」

壬申の乱と日本書紀

日本書紀は、一巻に一人または複数の天皇の系譜や事績が記載されているが、天武天皇は二巻(卷第二十八と卷第二十九)にまたがり、卷第二十八は壬申の乱で占められている

天智天皇の崩御のあと、大友皇子が即位していてもいなくても、近江に朝廷があったので、大海人皇子の蜂起は朝廷への反逆である

近江朝廷側では、吉備や筑紫などは徴兵拒否、近江周辺の軍勢のみ
大海人反乱軍方は、伊勢、伊賀、熊野など、とくに美濃東国の、豪族を味方にして、朝廷軍は敗北

日本書紀でも皇位継承をめぐる抗争はたびたび既述されている

他に類を見ないのは、反乱軍が朝廷軍に勝利して政権奪取したとの史書既述

そもそも、古事記や日本書紀は、天武天皇が編纂を命じたとされている

日本書紀

↑例によって、小学館の上記がおすすめ、ただし絶版
中古品をゲットするか、図書館で借りるか、他の文庫などを手に入れるか

天武天皇と日本の政治 文化 宗教 外交

上述のように、天皇の系譜や事績が記載される日本書紀を、天武天皇が編纂を命じたということは、天皇の権力を絶大にする意図があったと思われる
また、万世一系ということで、他の血統が天皇位に就けないようにくさびを打っている

古事記などによって、日本土着の産土神、国津神と、高天原系の天津神が統合され、天皇は神の末裔と位置づけられた

日本土着の文化習俗を掘り起こし、国家神道を確立
宮廷儀式もこのころ創始大成
伊勢神宮を神社の頂点に据え、斎宮も制度的に確立

仏教も排除するのではなく、天皇や国家のための祈祷に専念するようにしむけ、国家仏教になる
(聖武天皇のときの、東大寺や大仏はその流れ)

政治的、文化的、宗教的、外交的に、数多くの改革を断行

ちなみに、陰陽寮も設置、陰陽師(陰陽寮の職員)も平安時代には安倍晴明などが活躍

日本は、中国(当時の唐)一辺倒を修正するためのものか
有力豪族も、天智天皇による唐風化に嫌気がさしていた
天武天皇は、遣唐使を中止
(白村江の敗戦で、進駐軍のトップとして郭務悰が筑紫に駐留。彼の帰国後に壬申の乱が起こる)

後世の日本

天皇と日本の確立は、その後の日本の歴史に大きく決定的な影響をおよぼし、武家政権も朝廷の権力を削ぐことはあっても、滅ぼすことはなかった

天武系の血統は、平城時代最後の孝謙天皇で途絶え、天智系の皇統が復権する

ただし、中央集権的な律令政治や、有力貴族の藤原氏などは、平城から平安への連続性が見られる
藤原氏の女子の皇后なども…

古事記や日本書紀を徹底活用したのは、明治以降の大日本帝国政権だろう

正否はともかく、天武天皇は壬申の乱によって権力を奪取し、天皇や日本を確立させている
万世一系や、日嗣の御子など、古事記や日本書紀をベースに、天皇の位置付けを盤石に

占い

2022年1月1日NHKの「知恵泉(ちえいず)」で、壬申の乱の勝利は占いの力も大きかったと放送された

エピソード – 先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) – NHK

じつは、日本書紀には「天文遁甲をよくする」と書かれている
天文遁甲は、中国由来の占いらしい

同じものかはどうか、今も占いは日本で人気である

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