センゴク外伝 桶狭間戦記 宮下英樹 今川義元は愚将?名将?暗君? いや名君だった!

センゴク外伝 桶狭間戦記 宮下英樹 今川義元は愚将?名将?暗君? いや名君だった!
敗者愚者暗君愚将の今川義元の新解釈。今川義元と織田信長の少年時代からはじまり、それぞれ苦難に満ちた家督相続から、領地統治と侵略と国防と。乱世の戦国武将誕生

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もちろん、電子書籍はモノの所有ではなく、読書閲覧の権利取得でしかない

Kindleは、Amazonだから潰れないだろう、読書閲覧権も失うことはほとんどないと思う
eBookJapanも、Yahoo! JAPANの傘下になったので、これまた安泰か

電子書籍で読むセンゴク外伝 桶狭間戦記は、また格別

センゴク外伝 桶狭間戦記 全5巻

さて、数ある「読書権」を持っている電子書籍の、とくにマンガで、異常に感動したのが、宮下英樹著の『センゴク外伝 桶狭間戦記』

センゴク外伝 桶狭間戦記
全5巻 完結
今川義元の誕生から、軍師 太原雪斎との運命的な出会い。
最初から義元・雪斎は、金融で富める尾張侵略を企図して、織田信秀・信長の父子と抗争を続ける
今川義元の桶狭間横死は偶然だったが、義元の尾張侵攻は徹頭徹尾 計画的かつ必然

センゴク外伝 桶狭間戦記 1巻

今川義元誕生(生まれたときから僧侶の運命)から、
太原雪斎の素性エピソード(碌でなしとも言える)と、
義元の父、北条早雲の甥である今川氏親からの、義元の僧侶としての養育係の要請

氏親亡きあとの、後継 氏輝の命で駿河へ召喚される

結果として今川家当主におさまるのだが、恐ろしいのは、賢明利発な義元と雪斎は、氏照が病弱で短命だろうと見抜き、氏照死後はその弟 彦五郎を○○して(記録では氏照逝去の日に同時に彦五郎も死亡!)、今川家を乗っ取る?プランで共鳴すること

花倉の乱にて、異母兄 玄広恵探を自害に追い込み、家督相続を果たす

徳川家康の父、松平広忠と三河の騒動も後々の禍根となる
義元は、三河を事実上支配するため広忠の嫡男 竹千代(後の家康)を人質にしようと画策するが、なんと織田方に竹千代が奪われてしまう

再び恐ろしいことには、竹千代奪還のプランとして、その父 広忠を織田方によって殺害されるように、雪斎と義元が仕組む?

広忠が史料的には謎の死を遂げたあと、想定どおりに今川は、信秀の長子 信宏を捕らえ、竹千代との交換

センゴク外伝 桶狭間戦記では、徳川家康の祖父 清康、父 広忠の非業な死は、織田方の暗殺とされる

今川の拡大と存続は尾張の侵略しかない

氏輝の命による召喚で、京都から駿河への道中、尾張の広大さ豊かさに驚嘆し、北の甲斐武田や、東の北条相模よりも、西の尾張を侵略強奪するべしと、今川家隆盛には織田との戦争しかない、と後の桶狭間にいたる尾張侵攻の伏線がはられる

後の信長による尾張統一も、義元の願望どおり

『今川仮名目録追加二十一条』で戦国武将の誕生

義元は、父 氏親の「仮名目録」を研究し尽くして、『今川仮名目録追加二十一条』を完成、発布

室町幕府から独立した今川家の確立で、義元は、守護大名を卒業して初の戦国大名となる
寄親・寄子を強化して家臣と農民兵を軍事的に最強度にする義元

金融と専業兵を組織する織田信長との対比も秀逸
さらに、『今川仮名目録追加二十一条』を研究する信長は、これでは膨張する領国経営は無理だと喝破する

逆に言えば、農民と幕府を意識したところが、義元の限界か
(これは駿河より貧しい甲斐、武田信玄にも共通する脆弱性)
信長は、楽市楽座でも天下布武でも、革命的であり、豊臣秀吉や徳川家康が天下人継承のベースにもなったのか

センゴク外伝 桶狭間戦記 2巻

織田信長の父、織田信秀

日本全土を飢饉が襲っていたが、信秀は「金融」を取り込んで飢饉をものともしていなかった
これが、信長に相続、継承されることになる

信秀の死で、2巻は終わる

センゴク外伝 桶狭間戦記 3巻

間に、善徳寺の会盟(静岡県富士市)
武田信玄、北条氏康、今川義元の三者による戦国サミット?「甲相駿三国同盟」

太原雪斎は六十歳で死去

信長は、弟 信行を自ら殺害し、
尾張統一

センゴク外伝 桶狭間戦記 4巻

今川の、尾張への進軍開始

松平元康の、大高城への兵糧入れ

後述の岡部元信の、織田軍奇襲の撃退

そして、今川義元が、桶狭間に到着して、4巻が終わる

センゴク外伝 桶狭間戦記 5巻(完結)

桶狭間の合戦

義元を討ち取ったあとに、信長の家臣たちが、しみじみと言う

大変なこと
しでかしちまったな

天下一の人物を殺った

それだけじゃねぇ

俺たちゃあ
大変な人物を殺ったと同時に
生みだしちまったのかもしれねぇ…

名言である

今川義元、享年四十二

黒衣の軍師 太源雪斎と「たられば」

黒衣の軍師 太源雪斎が存命ならとの、「たられば」は語られない

「三国同盟」以後、川中島の戦い(第二次)の和睦仲介も含めて雪斎死後に大きな戦はない

北と東の軍事的な不安が取り除かれたことが、尾張侵攻必至になるのだが、義元も家臣も農民兵も戦争体験不足に陥ったのかもしれない

信長は、信秀時代のように今川を攻めなかったものの、尾張統一で精一杯、ただ桶狭間の寸前までは戦争三昧だった

弟 信行との稲生の戦い(1556年)では、信長軍700人足らずで、柴田勝家も付いた信行軍は倍以上の1,700人

その後も、浮野の戦い(1559年)で、相手よりも少ない戦力で勝利し、尾張統一を完遂

桶狭間の戦いが1560年だから、ほぼ毎日が少数精鋭で戦をしのぎ続けた信長と、平和ボケ?した今川という図式だろうか?

さぁ『センゴク外伝 桶狭間戦記』を読もう!

岡部元信の活躍と最後

余談ではあるが、今川の尾張侵攻で非常に活躍し、またマンガとしても格好よく描かれている岡部元信

桶狭間直後に、最後まで抗戦し、義元の首級と交換で鳴海城を明け渡す

その後、駿河が武田信玄に侵攻され、武田家家臣に

勝頼時代の終盤で、あの有名な高天神城で、餓死寸前まで徳川に追い詰められる

最後は、座して死すより打って出ると、壮絶な討ち死に…

つまり、桶狭間までは、岡部元信と徳川家康(松平元康)は今川軍に属して織田尾張を侵略するはずが、前者は武田、後者は織田に属して乱世の悲哀こもごもとなる…

なおこの話は、『センゴク外伝 桶狭間戦記』には載っていないので、あしからず

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